『いんや、ここじゃなくて、東都の……どの辺りだったか、遥ぁるか昔の大きな墓があってな、日上御陵とか、ヒガミ塚とか呼ばれとったと。山っつけにあったもんで、雑木がウワッと茂っとったが、今はもうすっかり平らで、畑になってまあ、祠がチョンとあるだけらしいんな。
塚があった頃は、誰ぁれも手入れする人間が居らんで、草も木も伸び放題、ちったあ柴刈りでもすりゃあ気持ちのいいだに、一応の地主すらめったに近寄らなんだと。それがな、昔っからの話で、その辺に寄り付くと、茂みや塚の中から、おかしな音がしたそうなんな。
まーあ、古くても人の墓だで、みんな気味悪がって、わざわざ遠くの和尚さを呼んで供養して貰ったそうだだけどな、その時建てた新しい石塔が、あの、昔の大地震で呆気なく倒れてしまったと。こりゃ、縁起が悪いと思っとったら、塚の中からおかしな音もしなくなったそうな。
それで、話が終わったかと思ったら違うんな。聞いた話じゃあ、ちょうど、塚が鎮まって少し経った頃かやあ。見知らん若い男が、びしょったいボロの衣着て、歩いて回って来たんだと。布切れとか、油を分けてくんなやれだの言って、その辺の、あちこちの家に来たってんな。
その男、瀬戸物の割れたみたいなヘンな傷だらけでな、えれえ冷えた手をしとったそうだに。ほいで物を分けてもらうとな、銭じゃなくて黄金やびいどろの小玉を置いてったらしいんな。その内、やいこれは怪しいぞってなってな、夜中に近場の若い衆が、男の後をついてったんだと。
ほいだらよ。暗いだに、山っつけの畑の方まで歩いてったって。で、慣れた様子でヒガミ塚の茂みにどんどんと入ってっって居なくなったたんな。あの、ちょっと前の地震で家無しになったショウにしたってな、やっぱり、わざわざあんな気味悪いとこに住み着くのは、おかしい訳よ。
ほいで若い衆、夜はおっかないから、日が出てからもう一度見に行ったそうな。晩の事を思い出して、思い切って塚に登ったらな、はれ、裏が崩れて、古い石垣積んだ洞が口を開けとると。あの男はここに住んどるんだら、と思った若い衆は、中覗こうと思って、穴に近寄ったそうな。
だけんど、穴が空いとると思ってたのをよく見たら、黒いヘンな岩で塞がれとったと。でも横に、油を燃した皿があってな、やっぱりこの穴に用があったに違いないと、若い衆が試しに岩を蹴っからかしてみたんな。ほいだらな、穴を塞いどったヘンな岩が、ウゾウゾ動いたってんな。
岩だと思って蹴ったんはな、岩じゃなくて、得体の知れない化け物の尻だったんな。急に蹴られた化け物はたまけて、穴の奥底まで潜り込んで、若い衆を七つも八つもある目玉で見たんな。それにゃ若い衆の方も大分たまけてな、転がるみたいに塚を下って、家まですっ飛んでったと。
さあて、困ったもんだ。ヒガミ塚におっかない化け物が棲んどるってんで、郷は大騒ぎだ。そいでも、足で蹴ったら向こうが驚いて奥にいのいたんだで、こりゃあ男衆で松明とか鋤でもって何とか追っ払えるかもしれんと思って、近場の和尚連れて、皆で塚に行かまいかとなったんな。
塚に空いた洞穴に行くとな、またヘンな岩が口を塞いどる。皆はそれが化け物だってのを若い衆から聞いとった。大概狸か狐の悪さだと思っとったんずら、今度は勢いよく脅かして、外に追い出してやろうと、前でに立っとった一人二人が、松明でもって化け物の尻を引っ叩いたんな。
ほいだらこいつは堪らんって、化け物はおっかない悲鳴上げて洞穴のずうっと奥に入ってったんな。そのままシーンと静まっちまって、こいじゃ埒が開かんで、皆で中あ見てみましょとなっただ。和尚を前でにして、戦々恐々、男衆は松明持って、洞穴の中に入ってったんな。
洞穴の中は開けてて、石壁で固めたった。奥に、蓑を背負ったみたいで、目玉のたくさん付いた真っ黒な化け物が、デカい図体で岩みてえにうずくまっとったんな。分かっちゃいたんだけど、男衆もやっぱりおっかなくてよ、前でにしてた和尚置いて、そろそろと後に下がってったと。
その和尚ってのがえらい図太いんだか、肝の据わった和尚でな。化け物に向かって声掛けたってんな。お前一体何の化生なんなって。ほいだら、穴の隅でうずくまっとった化け物がみるみる縮んで、はれ、方々の家を訪ねて来とった、あの、ボロ来た男に化けたってんな。
男に化けるなり、化け物は和尚や男衆に向かって頭下げて言ったそうな。己は塚に進ぜられ、一緒に埋まっとった土人形の化生だ。穴の中に散らかった玉や杯なんぞのは全部やるから、どうか、どうかこの石の棺桶だけはこのまま塚に埋けて、決して開けてくれるなと。
和尚が見やれば、穴の奥には石の棺桶が一つあったんな。真っ赤なベンガラで塗られた、大きな棺桶だったそうだに。それも、穴開いてから夜な夜な手入れしとったのか、大昔の物にしちゃあ、綺麗になっとったってんな。化け物があんまり熱心に頼むもんで、和尚も感心したそうな。
ほいで、よし、じゃあお前の言う通りにして、穴の中の宝は近所の衆で頂こうってなってな。石の棺桶だけは中開けずに、塚の穴あ深くほじくり返して、また埋けちまったんな。和尚が新しく石塔まで建ててやると、化け物は何度も礼を言って、明くる日には姿を消したそうな。
大分近頃になってからかよ、確かあ、丘蒸気がこの田舎にまで走る様になってからな、今の地主の爺様あたりが、その小せえ塚を平らに均して、畑を増やそうってなったんな。ほいだら今まで話した通り、ヒガミ塚から、石の棺桶だけが出てきたんだに。東都の新聞の隅にも載っとる。
棺桶の中身は、若い女と、子供の骨と、二つ仲間で出てきたそうなんな。まあ、棺桶だから死人が入ってて当たり前だでなあ。さあ、多ぁ分、親子ずらなあ。話の化け物はともかく、学者が言う事にゃあ、えらい珍しい、大発見だそうだけんども。はて、俺にゃさっぱり分からんなあ』
※このお話はフィクションだに!